日蓮正宗美畑山清涼寺 千葉の清涼寺 法華講ホームページ 千葉県千葉市花見川区畑町

日蓮正宗美畑山清涼寺は、千葉県千葉市花見川区にある日蓮正宗の寺院です

〒262-0018 千葉県千葉市花見川区畑町2010番地 Tel.043-273-3987
従藍而青

今月の指針 11月号「一三三三年」

西暦1333年(元弘3年)。
 それは、日本史上の大きな転換点となった年です。
武家政権が司(つかさど)る鎌倉幕府が衰退して遂に滅び、約140年ぶりに天皇中心の政治体制に移行したからです。
その建武の新政も、新政とは名ばかりで、争乱に明け暮れた混迷の時代の幕開けでした。
戦乱に巻き込まれて犠牲になった民衆の数は計り知れません。
正に末法濁悪の様相そのものです。

 ところでわが宗門にとってこの年は、2月に第二祖日興上人が霊山に旅立たれ、宗内は深い悲しみに包まれておりました。しかし唯授一人の法統は連綿と第三祖日目上人へ継承され、そこにはいささかの乱れもありません。

 ややもすれば沈みがちな空気の中で一宗を統率遊ばされる日目上人の胸中に去来するものは、広布の停滞はいささかも許されないという強い使命感と責任感でした。
師弟相対の信心に純真に励む僧俗も、この試練を乗り越え、更なる広布への前進を誓い合ったに違いありません。

 そんな矢先に始まったのが建武の新政です。
混迷の時代の幕開けとはいえ、天皇政治に対する期待感は否応なく高まったのです。
顧みれば、大聖人の三度の高名も日興上人の国家諌暁も、謗法にられた権力者や仏法に盲目な民衆に受け入れられることはありませんでした。
日目上人はこの時とばかり、高齢を顧みず、病身を推して決死の上洛を思い立ったのです。

 しかし74歳の御高齢は大きな壁となり、永年の布教と度重なる国家諌暁の無理から来る衰弱は、如何ともしがたいものでした。
遂に御自身42度目となる天奏の途次、1333年(元弘3年)11月15日、寒風吹きすさぶ美濃垂井で寂光の宝刹に御還りになられたのです。
その壮絶な御最期は、ひたすら御遺命のままに広布に一身を擲(なげう)たれ尊極の御生涯でありました。

 勤行第三座の観念文には、日目上人を「一閻浮提の御座主」と尊称いたします。
それは、「全世界の民衆を指南し、化導する貫主上人」という意味に他なりません。
その尊崇の念は、いつしか「代々の御法主上人はすべてこれ日目上人なり」、「代々の御法主上人は目師の座に住す」と言い伝えられて現在に至っています。
これも偏(ひとえ)にあの壮絶な御最期に由来するものと拝します。

 宗門の末弟に連なる私達は、日目上人が垂井に雪中に留められた広布への至心を我が命に刻み、いよいよ折伏弘教の使命を果たしていかなければなりません。
互いに奮い立ち、更なる広布に向かって邁進してまいりましょう。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年11月1日号より

今月の指針 10月号 「鶴林」(かくりん)

 仏の死を鶴林というのは、沙羅林(さらりん)の下で釈尊が入滅されたとき、その床に沙羅の木が垂れて棺を覆い、あたかも白い鶴が舞うようだったことに由来しています。
白色が成仏の相といわれるのもこれと無縁ではありません。

 釈尊と永訣(えいけつ)の時が訪れて弟子や信徒の胸に去来したものは、自分の親以上の優しさと暖かさをもって接してくれた慈悲深い温顔をこれを限りに見られない、という悲痛な思いでした。

 苦しい時も楽しい時も、悲しい時も嬉しい時も、死の恐怖に怯(おび)えた時も、いつも傍で癒(いや)し、激励してくれた釈尊。
その偉大な人がいよいよ涅槃(ねはん)に入る。
人々は天を仰ぎ、地に伏せ、またある者は地に頭を打ち付けて慟哭(どうこく)しました。
泣いて、哭いて、泣き叫ぶ人間の悲しみに諸天が感応して、沙羅林が燦然(さんぜん)と白く変わったのです。

 自分が今死んだとしたら果たして何人の人が悼(いた)み、心から涙を流してくれるだろう。
打算ではなく、真心から霊前に線香を手向けてくれる人は何人いるだろうか。
「40歳になったら自分の葬式の事を考えておけ!」とある本で読んだことがあります。
「そうか。とうとうあいつも逝(い)ったか!」と聞き流されるような人生では、何と虚(むな)しく悲しいことでしょう。
棺の蓋(ふた)が閉まって人間の評価が定まる。
そうしたことに思いを馳(は)せるのも、人生の今を充実させる上で大切なことではないでしょうか。

 翻って、今月は御会式の月。一切衆生の苦しみを一身に背負って未曽有(みぞう)の大難を忍ばれた大聖人は、私達にとって主人のごとき守護であり、師匠のごとき羅針盤であり、両親のごとき無償の愛そのものです。

 三徳兼備の大聖人が、いよいよ御入滅の時を迎えると聞いた弟子檀那の戸惑い、悲しみ、慟哭、それは想像を絶するものであったことでしょう。
しかし病を推して渾身(こんしん)の力を振り絞った『立正安国論』の御講義を目の当たりにした弟子檀那の悲しみは、瞬(またたく)く間に不退転の広布の決意に変わったのです。

 「唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ。」
の末文に御一代の御化導が凝縮されています。
それは私達に対する不朽の御遺誡(ごゆうかい)そのものです。

 御会式の月を迎え、心新たにこの御文を互いの胸に深く刻みましょう。
広大無辺な大慈大悲に浴しながら一層真剣に自行を磨き、慈悲心を発揮して折伏・育成に精魂を傾けてまいりましょう。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年10月1日号より

今月の指針 5月号「死んでからでは 遅すぎる!」

 時間は、物や金と違って蓄えることができません。
貯めておいて後で自由に使う、そんな芸当はできない相談です。
人を待たずにどんどん過ぎ去っていく時間。
だからこそ即座に無駄なく、しかも価値的に使わなければならないのです。

陶淵明(とうえんめい)は、
「盛年(せいねん)重ねて来たらず 一日再び朝(あした)なり難し 時に及んで正に勉励すべし 歳月は人を待たず。」
と。
二度と来ない朝を青春になぞらえて、若い時代に時間を惜しんで勉学に励めと警鐘を鳴らしたのです。

朱子(しゅし)が説く、
「少年老い易く 学成り難し 一寸の光陰(こういん)軽んずべからず。」という『偶成(ぐうせい)』の一節も同じです。
このように古来多くの人々が、時間の浪費癖を嘆き誡めています。

 明日生きる保証は、誰にもありません。
死は一定であり、そのうえ老少は不定です。
生は死とは常に背中合わせ、若いからといって死を遠ざけて無関心を装い、今健康だからといって管理を怠る、そういう人が少なくありません。
だから健康を害し、死に直面して周章狼狽(しゅうしょうろうばい)するのです。

 さて、有終の美を飾って悔いなき一生を終えたい、叶うものならピンコロが一番と誰もが密かに願っています。
しかし大事なことは、それに備えて今何をしているか、それが何より大事です。
正しい信仰を持つ理由がそこにあります。

 人の命は、無始の過去によって現在があり、それが因となって無終(むしゅう)の未来に繋がる三世両重(さんぜりょうじゅう)の因果です。
それは永遠の生命の中で生死を繰り返す本有常住(ほんぬじょうじゅう)の命に他なりません。

 受けがたき人界に生を受け、朝露のようにはかない命を生き延びる。
その上に爪上の土の確率で正法に巡り遇えた福徳は、譬えようもない無上の喜びです。
僅かな時間も無駄にできない理由がそこにあります。
死んでからでは遅すぎる、命あっての信心修行です。
生きている今にこそ、倦(う)まず弛(たゆ)まず信心を磨き、臨終正念(りんじゅうしょうねん)を目指す悔いなき人生でありたいものです。

 三大秘法の大御本尊を持つ身の福徳に限りない感謝の念を持って、寸暇を惜しんで命を磨き、桜梅桃李(おうばいとうり)の個性を全開して、自受法楽(じじゅほうらく)の人生を生き抜いてまいりましょう。
日々新たな発心のもと、更なる自行を磨き、化他(けた)の折伏に精を出して、真の報恩を心がけてまいりたいものです。 

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年5月1日号より

今月の指針 4月号「折伏は法華講の命」

 『諸法実相抄』にいわく、
「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へ伝ふるなり。」
   (新編御書666頁) 
末法万年の闇を照らす南無妙法蓮華経の題目は、日蓮大聖人が五濁(ごじょく)悪世にただ一人で点じられた久遠元初(くおんがんじょ)の光です。
その光に宿縁薫発(しゅくえんくんぱつ)して妙法を唱えた地涌の眷属(けんぞく)が、二人、三人、百人と唱え継ぎ、語り伝えて今があります。
「唱へ」とは、我が身を磨く自行であり、「伝え」とは、人に慈悲の手を差しのべる化他行に他なりません。

「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘(わた)りて南無妙法蓮華経なり。」
   (『三大秘法抄』新編御書1595頁)
と。
自行に安住することなく化他に及ぶからこそ真の価値があるのです。
毎日の真剣な勤行と唱題で磨く高い境界が利他(りた)の心を生み、それが抜苦与楽(ばっくよらく)の折伏にわが身を駆り立てる、正に、自行満ちて化他があるのです。

 遠く中国の南朝・梁(りょう)の時代。
絵描きの名人が壁に見事な竜の絵を描き上げ、あとは睛(ひとみ)を点じて完成を待つばかり。
固唾(かたず)を飲んで待っていた人達は、一向に睛を描き入れない絵描きにその訳を聞きました。
すると、「睛を入れたら、竜が天上に上ってしまう。」と言うのです。
いくら名人でもそれはないだろう、と誰も信じません。
肩を押されるように漸(ようや)く睛を描き入れたその瞬間、その竜は壁から飛び出し昇天したのです。

 「画竜点睛」(がりゅうてんせい)で知られるこの故事は、物事の最も肝心なところ、最後の仕上げを表しています。
折伏は、私達の信心の魂であり、最も大事な睛です。
もし私達が折伏を忘れたら法華講の命はありません。
それは画竜点睛を欠いた不完全な信心となってしまいます。

 戒壇の大御本尊御図顕(ごずけん)の機縁となった熱原法華講衆の純粋無垢(じゅんすいむく)な信心、その血を受け継ぐ私達は、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神を今に蘇らせ、未来に伝える大きな責任と尊い使命があります。

 いよいよ一年の四分の一が過ぎ、地区の組織体制も整いつつある今、山野の草木萌え出ずる躍動の四月です。
立宗宣言の意義深き月に当たり、御法主上人猊下の御慈悲に確かにお応え申し上げるために発奮し、折伏に歩き育成に精魂を傾け、白烏(はくう)の恩に報いてまいりましょう。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年4月1日号より

今月の指針 9月号「生きたように死んで行く」

 孔子は、死について尋ねた弟子・子路に対して、この世のことさえよくわからないのに、あの世のことなど分かるはずがないではないか、と答えたといいます。
現実主義者・孔子の面目躍如といったところです。

 しかし、こうした現在に重きを置いて死を後回しにする考えを大聖人は、厳しく破折されています。
『開目抄』に、
「過去を知らざること凡夫の背を見ず、未来を鑑(かんが)みざること盲人の前を見ざるがごとし。」
   (新編524頁)
と。
背後の見えない生活は、何かと不便、目が不自由だったら小さな石にも躓(つまず)きます。
過去世に目を背け、来世にも無関心を決め込む生き方はそれと同じです。
仏教は、永遠の生命の上に、三世両重に跨(また)がる因果の道理を説いています。
そこに仏教の優秀性があります。

 過去の因を知りたければ、現在の果を見よ、未来の果を知りたければ、現在の因を見よ。
因果は三世永遠に続きます。
過去を見据(みす)え、未来を展望しながら、足下の現実をしっかり見つめて歩くところに素晴らしい人生が開かれていくのです。
信心修行はそのためです。

 「先づ臨終のことを習ふて後に他事を習ふべし。」
   (『妙法尼御前御返事』新編1482頁)
と。
人は死を恐れる、なぜなら死が怖いからです。
誰も経験したことのない未知の世界、正に未知との遭遇です。
この世に生を受けた以上避けることのできない死。
しかもそれは老少不定の儚(はかな)い命です。
明日生きる保証は誰にもありません。
だからこそ大聖人は、先ず臨終のことを習え、と教えているのです。

 臨終は一生の集大成。人生の総決算です。
死を先送りして、目先の享楽に心を奪われれば、やがてツケが回って最期に悔やむのは自分です。
まさに後悔は先に立たずです。
死に臨んでも、少しも心乱れず、成仏を信じて疑わない臨終正念の境涯、悔い無き人生を全うするために、妙法を持ち、真剣に勤行唱題し、広布に生きる価値ある人生が求められてくるのです。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年9月1日号より

今月の指針 3月号「木を見て森を見ず」

 物事の一部分に眼を奪(うば)われて、全体的な判断ができずに本質を見失うことを「木を見て森を見ず」といいます。

 法華経は、分量にかけては他の爾前経(にぜんきょう)には遠く及びません。
しかし内容は他の追随を許さぬ最勝深秘(さいしょうじんぴ)の教えです。
『無量義経』の「四十余年 未顕真実」(しじゅうよねん みけんしんじつ)、
『法華経』方便品の「正直捨方便 但説無上道」(しょうじきしゃほうべん たんぜつむじょうどう)
の経文は、何よりの証明です。

 『蒙古使御書』(もうこつかいごしょ)に、
「外典の外道、内典の小乗、権大乗(ごんだいじょう)等は皆己心の法を片端(かたはし)片端説きて候なり。」
   (新編・910頁)
とあります。
「己心(こしん)の法」とは私達の生命であり、爾前経は、その部分、部分を説いたに過ぎない方便の教えなのです。

 ところで人類の歴史は、貪瞋痴(とんじんち)に支配された歴史であり、それが人類を発展させてきたともいえます。
しかし便利さや快適さばかりに目を奪われて、「物で栄えて心で滅ぶ」結果を招いたことも事実です。

 人心が乱れて生命が濁れば、社会が乱れ、生態系が乱れて、天変地異や紛争、未知のウイルス等の三災七難(さんさいしちなん)をもたらすのです。
これが依正不二(えしょうふに)の原理です。
その根底に、誤った思想や宗教による人類の傲慢(ごうまん)があることを見逃してはなりません。

 どんなに文明が高度に発展しても自然が一度 牙を剥(きばをむ)けば、その威力の前に人間はいかに無力であるか、新型コロナで痛いほど思い知らされました。
どこまでも科学は、人類の幸福の手段であって目的ではありません。
科学を至上として、全体を見失い、人間の視点を欠いたところに様々な誤算が生まれてきたのです。

 法華経は、生命の真実の姿を説き明かした一念三千の教えであり、命の永遠性を明かした最も優れた教えです。
その真髄(しんずい)が南無妙法蓮華経であり、それを三大秘法(さんだいひほう)の大御本尊として建立されたのが、末法の御本仏・日蓮大聖人です。
この御本尊に絶対の信を置いて、久遠下種本因妙(くおんげしゅほんにんみょう)の題目を唱える以外に、真の幸福境涯を築く道はありません。

 爾前経に捉(とら)われ、末法の大良薬(だいろうやく)である三大秘法の御本尊を信じない人は、木を見て森を見ない、いわゆる部分観に捉われた愚かな人というべきです。
仏法の全体観に立って唯一無二の正法を持つ私達は、深い確信と誇りを胸に刻んで自行を磨き、化他の折伏に誠心誠意取り組むことが最も肝要です。    

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年3月1日号より

今月の指針 2月号「人材なければ広布なし」

 厳寒の二月。
温暖な房総の地にあっても寒中の厳しさは、ひときわ身に沁みます。
そんな中で、遥か昔、厳寒の孤島・佐渡で厳しい生活を余儀なくされた日蓮大聖人に思いを馳せることもしばしばです。
「八寒を現身に感ず」とまで仰せになった想像を絶する極限の御生活。
しかしそれは、御本仏大聖人にとって法華経を身で読む法悦であり、重要な御化導の一環であり、末法の闇を救う大慈悲そのものの御振舞でした。
加えて餓鬼道さえ御身に味わった広大な「白烏(はくう)の恩」に、いかにお応えするか、立ちすくむばかりです。
しかし逡巡(しゅんじゅん)してはいられません。
その万分の一でもお応えするのが弟子檀那のあるべき姿です。

 私達の信心修行は、『諸法実相抄』に、
「行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。」
   (新編・668頁)
とお示しの通り、一信、二行、三学が教導の筋目です。
なかでも信は、根本中の根本です。
だからといって行の無い信は、崩れ易く脆弱(ぜいじゃく)な信心になりがちです。
だからこそ一層真剣な行が必要になってくるのです。

 大聖人を大師匠と仰ぐ弟子達は、
  法華経を 
  我が得しことは薪こり 
  菜つみ水くみ 
  つかえてぞえし
の歌の通り、身をもって大聖人にお仕え申し上げました。
未曾有の大仏法の真髄は、単に知識として覚えるのではありません。
身心の両面をもって真剣に実践してこそ体得できるものです。
一方、信・行の裏付けの無い単なる教学も、我意我見に陥るものとして厳しく戒められています。

 広宣流布は、座して待つべきものではありません。
こちらから勝ち取っていくものです。
そのためには異体同心の強い組織が不可欠です。
その中で信・行・学の筋目の通った師弟相対の信心を磨き、共に広布の有為な人材に成長していくのです。
折伏の人材が育たなければ広布の前途は暗く、それは絵に画いた餅になってしまいます。

 怠りなき朝夕の勤行、心ゆくまで唱える題目、その功徳を原動力として折伏に励みつつ育成に取り組む。
一に実践、二に実践、三、四が無くて五に実践です。
そういう蘭室(らんしつ)の如き麗しく活気ある講中があれば、そこに広布の人材が生まれ、折伏の機運が盛り上がり、誓願目標の達成も視野に入ってくるのです。

「法 自(おの)づから弘まらず、人、法を弘むるが故に人法ともに尊し。」
   (『百六箇抄』、新編・1687頁)

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年2月1日号より

今月の指針 1月号「信心の炎を燃やせば、折伏の火は消えない」

 大きな試練の中で、御聖誕八百年を送り、令和四年の新年を迎えました。
百年に一度の大佳節は、誰もが臍を噛む(ほぞをかむ)不本意な一年だったに違いありません。
しかし悔やんでばかりでは前へ進むことはできません。
逆境をバネに飛躍するのが不屈の法華講精神です。
真摯(しんし)な反省を本年の躍進に繋げることが肝要です。

 そもそも一昨年末の折伏の不振は、コロナ自体に負けたのか、本来の不振なのかそれを見極めることが大事です。
信心に油断や惰性はなかったか。
組織の制度疲労はないか。
団結力や機動力は十分か。
久遠の法縁で繋がる同志は緊密に結束しているか。
見直すべきことは少なくありません。

 そうした反省の上に立って昨年暮れ以降、従来の12区体制から、適正な規模と地域性を考慮し26の地区体制に移行中です。
この再編成が起死回生の効果をもたらすかどうか、その成否は一人ひとりの使命の自覚と実践にかかっています。

 さて本年、報恩の誠をもって躍進を遂げる為の年間実践テーマが次の三つです。
(1)真剣な勤行・唱題で
       歓喜の行動
(2)僧俗一致も折伏で
       広布へ前進
(3)御報恩の登山と
   寺院参詣で人材育成

 勤行唱題・折伏・人材育成は、本宗僧俗にとって不変の信行です。
 『御義口伝』(おんぎくでん)に、
「我が心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名づく」
    (新編・1801頁)
とあります。
毎日の真剣な勤行と唱え切った唱題の功徳は、汲めども尽きぬ歓喜と慈悲行の源泉です。
僧俗間の厚い信頼は、広布前進の鍵を握っています。
身延における大聖人の人材育成と重須(おもす)での日興上人の厳格な人材養成は、万代広布の濫觴(らんしょう)です。
ここを起点として、大聖人の教えが一点の曇りもなく今の大石寺に法統連綿と伝わっているのです。

 翻(ひるがえ)って今、熱原(あつはら)法難を源流とする私達は、
「折伏なければ育成なし、育成なければ広布なし」
を合言葉に発奮し、広布に挺身することが最も肝要です。

 新年を迎え、心新たに信心の炎を一層盛んに燃やしましょう。
それが折伏の炎となっていくのです。
止暇断眠(しかだんみん)、広布の陣頭指揮を執られる御法主上人猊下の大慈大悲にお応え申し上げる道は、下種・折伏・育成以外にありません。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年1月1日号より

今月の指針「平凡は非凡」

 「自分は平凡な一生を送れればそれで充分。
特定な宗教を信じて信仰に励み、自分を磨き、向上しようなどとは思わない。」

 こう言われると、取り付く島もありません。
一生平穏に暮らせるなら、それもむべなるかなというものです。
しかし実際は、そう甘くはありません。
現実は、それを容易にさせない五濁爛漫の世界が広がっています。

 私達は一人で生きていくことができない社会的動物であり、まして無始以来の罪障を命に刻む荒凡夫です。
それらが縁に触れて病気や不慮の事故、自然災害等となって突然襲ってきます。
受験の失敗や事業の、恋の破局や人間関係の破綻など様々な困難は後を絶ちません。
人生は晴れの日ばかりではなく、強風に煽られ、大雨に激しく打たれる日もあるのです。
そして人生の最期、それはいつ訪れるか誰もわかりません。

 加えて高度に発達した現代は、便利な反面、危険や重圧が充満する超ストレス社会です。
そんな中で人間らしく、しかも平穏に暮らすこと自体簡単ではありません。
そのように考えると、風雪に耐え、悪縁に紛動されずに「平凡に生きる」ことの何と難しいことか。
平凡とは非凡の異名、平凡に生きること自体が非凡なのです。

 仏教で説く現世安穏の境涯は、単なる無風状態の意味ではありません。
厳しい現実と対峙しながら、悠々とそれを乗り越える克服をいうのです。
その源泉は妙法の力です。
適切な判断力、果敢な行動力、勇気と責任感、それらを支える力は、妙法の正しい信仰から生まれるものです。

 湖面をスイスイ気持ちよさそうに泳いでいる白鳥も、水面下では両足を懸命に動かしています。
平凡を望むからこそ、真摯な信仰を通して社会の荒波を乗り越える必要があるのです。

 『四条金吾殿御返事』にいわく、
「一切衆生、南無妙法蓮華経と唱ふるより外の遊楽なきなり。」
   (新編991頁)

 一見平凡に見える非凡な人生は、末法の時に適った三大秘法の大御本尊を根本とした信心の実践以外に無いことを改めて強く確信したいものです。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年8月1日号より

今月の指針「誌名『従藍而青』に込めた思い」

 これまで清涼発展に大きく寄与してきた『清流』、『清涼池』の後続として、今般新たな寺報が発行される運びとなりました。
誌名は『従藍而青』(じゅうらんにしょう)、出典は御書『上野殿後家尼御返事』です。

 上野殿後家尼は、大石寺の開基檀那・南条時光の母です。
大聖人から「上野賢人」とまで絶賛された子息・時光の純真不屈の信心は、この母の感化によるものです。
その後家尼に対して大聖人は、生死不二の成仏の大事を教えられ、一層信心に励んで「まことの道心者」になれと激励されました。
「従藍而青」は、その時のお言葉です。

 もともと中国の古典『荀子』(じゅんし)には、「青は藍より出でて藍より青し」という有名な格言があります。
それを受けて天台大師は、『魔訶史観』(まかしかん)に「従藍而青」と説き、仏道修行のあり方を示されました。

 周知の通り、藍は青色の染料を得るための植物です。それ自体はそれほど濃い青色ではありません。
しかし、そこから絞った液に何度も何度も布を浸していけば、その布は見事な青色に染め上がっていくのです。

 大聖人は、この「従藍而青」を引かれて、次のように後家尼を教導されました。法門自体は藍のようなもの、しかし、それを繰り返し聴聞し身をもって修行すれば、やがて信心が磨かれて見事な深い青に染まっていく。
我が身の仏性が輝き不動の境界を開いていくのが、真の道心者なのだと。

 日蓮大聖人は、末法の一切衆生を救う御本仏として、三大秘法の大御本尊を顕されました。
その御本尊の藍から、どれだけ深い青を引き出して見事な青色に染め上げていくか、信心を大成して真の幸せを築いていくか、それは私達一人ひとりの信心にかかっています。

 このことを信心の先輩・後輩にあてはめることもできます。先輩は藍、後半は青です。
信心の後輩が、講中の先輩からどれだけ信心の藍を引き出して自分の力として、出藍の誉れを体現するか。一方、先輩はどれだけ後輩の同志を見守り育てて見事な青に染め上げていくか。

 学生の頃、私は、ある先輩から「私を追い越せ。」と言われました。
即座にその先輩はこう言ったのです。
「自分も簡単には君に抜かれないよう努力する。こうして切磋琢磨しなければ宗門の発展はない。有為な人材の輩出もない。」と。

 「出藍の誉れ」があってこそ法華講にも人材が生まれ、育って発展していくのです。
清涼寺法華講の未来は、広布の人材育成と輩出にかかっています。
新たに誕生する寺報が、清涼寺法華講一人ひとりの信心向上は勿論、広布の有為な人材育成の一助となることを切に願い、発刊の言葉といたします。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2021年12月1日 創刊準備号より

今月の指針「志は満たすべからず」

 『礼記』(らいき)に、
「傲りは長ずべからず。欲は従(ほしいまま)にすべからず。志は満たすべからず。楽しみは極むべからず。」
とあります。

 傲りは驕慢(きょうまん)、十四謗法の筆頭です。自信と確信は生きる力、慢心は衰退の源です。
「慢は山の如し、雨水止まらず」。山上に降った雨が瞬く間に下方に流れるように、慢心は積んだ功徳を洗い流してしまいます。
信心の難敵である驕慢を絶対に看過してはなりません。

 貪欲(どんよく)は、放置すれば身の破滅を招きます。
少欲知足(しょうよくちそく)は、貪欲を抑える心のコントロールです。
欲望も志も満たされないからこそ別の志が立ち、新たな発心が芽生え、更なる進歩に繋がっていくのです。

 もし志が簡単に達成できたとしたら安心が生れ、過信を生み、魔がつけ入って躓き(つまずき)のもとになります。
楽しみも極めれば侘びしさ(わびしさ)が残り、酔い覚めの空しさを味わうことになります。
人間にとって、志というものは満たされないからこそ、更なる高みを目指して努力を重ねることができるのです。

 日蓮大聖人は、
「深く信心を発こして、日夜朝暮に又懈らず(おこたらず)磨くべし。何様にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是をみがくとは云ふなり。」
   (『一生成仏抄』新編46頁)
と御教示です。
信心とは、常に前進して自己の成長を願うもの、進まざるは退転です。
魔は虎視眈々(こしたんたん)と油断の隙を狙っています。
三大秘法の御本尊を固く信じて、倦まず弛まず(うまず たゆまず)勤行・唱題に励んで仏性を磨く、そこに何ものにも侵されない瑞々しい命が輝き続けることを忘れてはなりません。

 自行の着実な実践が化他の力を生み、折伏の意欲が沸き上がって弘教の実践に繋がります。
「自行満ちて化他あり。」皆様の充実した日々を心からお祈りいたします。

清涼寺 寺報 「従藍而青」
今月の指針 指導教師 石橋頂道 御尊師
2022年6月1日号より